中日本氷糖とは

中日本氷糖とは

取扱商品

氷砂糖 (日本のシェアの約50% トップシェア )
液糖 (清涼飲料水、パンなどに利用)
氷糖蜜 (かき氷、大判焼きなどに利用)
角砂糖 (名古屋市内のスーパー:80%のシェア)
ポップシュガー (製菓原料)
ガムシロップ(アイスコーヒー用など)
スティックシュガー(コーヒー用など)

取扱商品

当社の特色

当社は、NHKテレビ名古屋開局30周年記念番組として 「中部経済の隠れた主役たち」 、サブタイトル [知られざる日本一企業の秘密] の中で当社商品  ”氷砂糖とコーヒーハイシュガー” と共に放送されました。

以下番組から抜粋すると、『東海地方の製造業でシェア日本一 を誇る企業が40数社を数える。世界に冠たる日本の競争力の強さには、 優秀な中小企業の存在があるという事実はあまり知られていない。

(以下食品部門)
大企業にひけをとらない実力を持った中小企業は、大手がやらないすきま産業とはいえ、食品の売り上げで24兆円以上あり、やり方によっていくらでも伸びる産業といえる。』 と紹介されました。
バブル経済とは正反対の生活に根差した堅実な経営と、誰もが才能を発揮できる程よい規模と環境が当社だと思っています。

日本経済新聞社記事より抜粋

(中部のナンバーワン企業 1999年5月6日発行)
「馬印」ブランドの氷砂糖で百年以上の歴史を持ち、4割のトップシェアを持つのが中日本氷糖株式会社。氷砂糖業界は、戦後の砂糖の乱売競争のあおりなどでメーカーは淘汰され、 現在は全国で9社が残るだけとなった。精製糖から撤退し、氷砂糖を柱に特殊糖メーカーに特化する事で生き残った経営姿勢に、中部の老舗企業の強さを見る事ができる。

昭和30年代、上白糖などの精製糖は、作れば売れるほど儲かる商売だった。しかし中日本氷糖は精製糖を増産せず、「家業である氷砂糖に徹する」 と経営資源は氷砂糖の工場建設などにつぎ込んだ。1962年に家庭での梅酒作りが解禁され、果実酒作りがブームになると、生産体制を整えていた事が功を奏し、 市場の3割を握りトップに立った。

翌63年、砂糖の輸入自由化による乱売で砂糖業界は一転して冬の時代を迎える。大手製糖会社が相次いで倒産、商社への系列化が進み、氷砂糖からの撤退が相次いだ。 中日本氷糖の精製糖事業も赤字に陥り、経営の足を引っ張った。
「精製糖からは撤退し、家業の氷砂糖に徹しよう」 69年、中日本氷糖は特殊糖の専門メーカーとして行き残る道を選択した。

以降、ジュースなどの原料となる液糖や角砂糖、ガムシロップなどを次々に手がける。結晶状のコーヒーハイシュガーは今では市場の約40%を占めるまでに成長、 液糖は氷砂糖と同じ売り上げ規模まで拡大してきた。

氷砂糖には約2週間かけて結晶を自然成長させる「ロック」と、ドラムを回転させ、4〜5日で作る「クリスタル」の2種類がある。 ロックは労力、時間がかかるが、売価格で1kgあたり20〜30円高い程度に過ぎない。だが、中日本氷糖は「自然結晶のが氷砂糖の原点」とこだわりを見せる。
他の大手は機械で大量生産しやすいクリスタルに主軸を置くが、中日本氷糖はロックの比重を高めてきている。94年には4億円を投じ、 業界で唯一となるロック製造ラインの自動化を完成させた。ロックは市場の3分の1程度だが、人気は高まっている。